=資 料=
差別主義に基づき解放派20年=70年代綱領―党建設(権力闘争、党派闘争、軍事・非合法)を清算し、80年代階級決戦前段逃亡・投降する脱党分子=社民的サンジカリスト極小グループを解体止揚し

解放派の革命的飛躍=世界・日本革命の前進をかちとれ!!
(6月「党内」闘争宣言)

1981年6月
革命的労働者協会 日本社会主義青年同盟

〈序〉

 全国(全世界)の労働者人民大衆諸君!

 解放派を支持し、連帯するすべての友人同志諸君!

 我々は、解放派20年の全営為、70年代階級闘争の戦略的地平の革命的継承・発展と、80年代プロレタリア権力闘争―日本における史上初=最後の蜂起―プロ独に向けた新たな出発に向けて、2月8日、2・11中原同志虐殺報復・解放派結成20周年政治集会の勝利的開催をなしとげた。そしてこれを拠点に、6・15―10・21を日本革命の巨大な転換の端緒たらしめんとする闘いを闘いぬいてきた。

 この只中で、今日、飛躍に向けた試練に耐えきれず、隊列から敵前逃亡するのみか、居直り、弱々しく敵対せんとする極小グル―プを生み出した自己批判と責任として、自己を鍛えながら解体・止揚することを宣言する。

 彼ら(の中心)は、戦後世界=日帝の体制的危機のもとで恐怖した帝国主義ブルジョアジー―国家権力の画段階的革命党根絶攻撃と権力の血盟的補完物=反革命反スタスターリニスト革マルの白色テロル、及びファシストの左翼撲滅行動への踏み込み、これらに対して臆病にも戦慄し、革命的プロレタリアート人民の根本的な革命的エネルギーを洞察しえず、社共人民戦線とクツワを並べて80年代階級決戦を前に闘わずして屈服し白旗を掲げた。そしてその証しとして、革命党―潮流から説走し、反解放派策動を自己目的化しつつある戦略・路線なき右翼日和見主義者、社民的サンジカリストの極小グループが彼らなのだ。

 彼らは、革命期における政治輪郭―攻防の諸要素が本格的な兆しをみせはじめた70年代中期、権力闘争そのもの―とくにその基軸的一環たるプロレタリア的ゲリラ戦・パルチザン戦(的戦闘)、反革命革マルとの死闘的解体絶滅戦に対する経済主義的・組合主義的反発、軍畢反対派的合法主義的反発に底流を有し、77年2・11わが解放派の誇るべき最高指導者同志中原虐殺に対する革命的テロルを尖端とした烈火の報復解体戦とそれを巡る組織問題の格闘への反動―権力・革マルヘの武装解除を伴った一部最悪分子による計画的陰謀的準備を転回点的背景とし、直接的な契機・根拠としては「造花の判決・目黒地区上映実行委員会」差別事件(等)に対する自己批判―克服に向けた党内部糾弾闘争への国際(日本)共産主義革命運動―プロレタリア革命党建設における歴史的隘路の根本的止揚をも目指した71年5・30以来の部落解放運動の政治的組織的蓄積を基礎にした革労協・社青同中央=全党(同盟)の総力での着手=全党(同盟)的格闘途上において糾弾逃れのための差別的居直り、敵対に駆られながら党―潮流内においてもまだ根深い差別性の限界への働きかけによる差別的唱和の組織化(第二の日共・革マルの道)を条件とし、テコとして、ついには逃亡・脱走することによって形成された。そして彼らは、今日、排外主義的差別主義的傾向への純化と、(思想)戦略、路線、党建設における清算・自己崩壊を必然的に相互増幅させつつ、社民の懐への脱走の自己目的化と雑多な寄せ集め性故に何らの政治路線(脱走の前提条件)も提示することなく、加速度的に分解転落せんとしている。

 彼らは、その無惨な政治路線なき、組織脱落先行故に傾向としてのみ存在するが、その把え返した特徴として、その枠内における中間主義性、未分化性を貫いて全体を根本的に規定しているものは、思想的には神秘的観念主義的プロレタリア存在主義=プロレタリア的・小ブル個人主義に根幹を有している。

 そして政治的・社会的には労戦の帝国主義的(反革命的)再編―統一下の、民同(左派)的基盤の解体―官公労の再編・統一攻撃、過激派パージに動揺し、それとの対決を同一の土俵で社共・民同左派(その武装反革命的補完物革マル)に依拠せんとして、独自の政治闘争も職場闘争(反合実力闘争)も放棄し、制動せんとしているのだ。このことに典型的に表現されるように革命期の権力展望に背反し、革命党からの脱走によって産み出された新たな組合主義者であり、政治的には何らの独自な党建設は無論、統一戦線も形成しえず、人民戦線の右翼的現代版=社共人民戦線の「左」翼的補完物であり、アナルコーサンジカリズム的徹底さもない、社民に総体性を預けた社民的サンジカリズムである。

 ところで我々は、これまで「党内闘争」に関し機関紙などによる直接的な公表を控えながら、間接的媒介的な形で、党内論争に関わるものを含めて、我々の70年代の格闘の地平―80年代における飛躍に関わる(思想的)綱領的・戦略的・路線的・組織(建設)的内容として、全プロレタリア人民に提起する方法をとってきた。本年「解放」新年号、2・8政治集会における党の試練を飛躍に転化せんとする諸提起がそれである。

 その理由は第一に、第一義的に党内論争―党内闘争は、党的同一性の基盤における原則的止揚(―解決)によってのみなしうるそれ自体の性格によるものであり(性格に応じて下部討議・潮流討議)、第二に、党外のプロレタリアート・人民に対する責任は、論争点・対立点を一般化普遍化したものとして格闘を共有化すべく提起することが問題であって、(具体的事実経過のあれやこれやを提示するのは)我々とは無縁な外的興味本位の対象となされ、非生産的で無益・有害でさえあるからである。第三に、第一の理由でもあるが、国家権力・資本・反革命革マル(等敵対勢力)の介入・攬乱の条件を与えず、党はもちろん、反党分子をも(その可変性の条件確保)防衛していくためである。さらに我々は、これらの原則的観点において党友、友人、シンパ、闘う仲間達の諸点からする助言・努力・憂慮に対して真摯に耳を傾け、十分に配慮し、答えようとしてきたことも事実である。

 しかし、彼らの中心的一部は権力・革マルからの解体・テロル攻撃に投降し逃げ、内糾闘争の党的格闘から逃げ、革命党の階級的組織性・規律から小ブル個人主義的分散主義的に「自由」にならんとし、脱党を自己目的化するが故に一貫して党内解決をその条件から解体し、潮流・支持者へのストレートな無媒介な持ち込みのみならず共同戦線への破壊的持ち込み・暴露、依存するという、権力・革マルにも表明(最高機密さえも)しないと意味がないとばかりの「社会問題化」を手段としてきた。そして彼らは、今日、その延長―断絶的移行に至り、当の相手たる我々に対してではなく、三里塚反対同盟や日本原農民などに文書でデマを流布したり、別党宣言をしたり、ついに笑止千万なことに解放派=革マル(の後輩)=宗派と規定したりしただけでなく、暴力的襲撃―襲撃宣言、武装訓練に、権力・革マルには一指も触れずガラス張りのまま突入してきている。

 従って我々は、従来の態度は今後とも基本的に貫きつつも、現にある対外的諸側面における混乱に対して必要な責任をとるためにも、我々の自制の限度を超えた彼らの敵対に対する防衛上の処置を含めて起りうる事態を予め共有するためにも、現在必要な範囲での表明をせまられていると判断し、彼らへの要約的批判を提起し合わせて決意とする。


「党内闘争」の歴史的必然性と、
反解放派右翼日和見主義グループ解体の階級的革命的意義

 彼らが、唯一の日本プロレタリア革命―共産主義革命の党=解放派から生み出された歴史的必然性と解体の意義は何か。

 その政治性格は何であるほかはないのか。

 また、彼らが運命的に、反対主義的(極小)反対派であり、他力本願主義といいうるのは何故か。

 これらのことは、党派闘争がそうであるように、「党内闘争」もまた、階級闘争の特殊な一環を構成し、その発展・推展に規定されているのであって、彼ら内部の個々のメンバーの個々の主観主義的な傾向的相違に相対的には関わりなく、脱落を居直り的に固定化し、合理化せんとする限り貫いているものである。

 70年代、戦後世界体制は"長すぎた"第二次大戦後(第一の革命期)以後の相対的安定―動揺期が去り、日帝においては、対外戦略(政策)の環=日米安保―反革命階級同盟の独自のアジア・太平洋圏における反革命戦略をも有した「パートナーシップ」としての改編=70安保と沖縄返還=沖縄再統合をもって国内―体制的改編に本格的に着手するに至り、全面的な改編=革命期に突入した。70年代全体を通して、革命期の政治的・社会的・経済的諸特徴は、ベトナム革命を鮮烈な衝撃として、米帝足下―全帝国主義、(中・)「後進」国を問わず、後者における慢性的矛盾の集中状況の臨界点に達した革命(的動乱)を先端的切っ先とした階級闘争―革命闘争の爆発に映現され、スターリニズム諸国もこれに規定され、相互増幅した経済的危機の慢性化と政治的支配の瓦解が音を立てて進行した中に、全面的に展開され、史上最大・最後たるべき一挙的同時的世界革命―疾風怒濤の時代のせまりくる予感を誰の目にも明らかにした。

 わが解放派はこのこと=革命期の到来を、国際革命運動の政治過程の推展の総括を踏まえて唯一提起し、それに対する準備、つまりこれまでの一切の脆弱性の頭のてっぺんから爪先までの改編的変革を全プロレタリアート・人民に訴えつつ、自ら先頭に立たんとしてきた。それは、革命的プロレタリアートと革命党にとっては、権力闘争(―ソビエト運動)の全構造―全陣型の構築に向けた死活的格闘が問われ、必然的にそれをめぐる党対党、統一戦線対統一戦線のファシスト(党)対プロレタリア革命(党)の存立を賭けた本質的な死闘戦の幕開けであり、全社会的には、表層に見え隠れする表面下の闘いが、全ての決定を握るものとして、一切の主観主義者の脅え切った欺隔と逡巡に関係なく推展してきた。その中で我々は、赤軍派(―連赤)的部分の登場とともに、武装反革命としての革マルの析出―小ブル社会主義「左」右の先行的登場の必然性と根拠を把え、個別的偶然的契機によるごときものの中に必然性(他の部分にも通じるもの)を洞察し、社公民は無論のこと社共人民戦線の解体・止揚をも展望した対革マル党派闘争を、新たなファシストとの目的意識的闘いと合わせて提起し、その烈火に、日本革命―権力闘争に勝利する鉄の軍事を含んだ非合法の(日本左翼史上初の)本格的プロレタリア革命党の建設を自らに課してきた。そして70年代中期、この全党的決断をその必然的発展として、全世界―日本の階級闘争の推転に確証して、さらに一層の深化と、一般的確認から実践的具体的な煮つめとし、権力闘争の(段階的)推進構造―なかんずく、プロレタリア的(都市)ゲリラ戦・パルチザン戦の確定(に基づく戦略展望のスローガン的要約)および、党派闘争の権力闘争(一般的には階級闘争)との関連における革命的意義と階級的革命的テロルを尖端とした総合的解体戦略、さらに対ファシスト戦の先制的目的意識的推進の戦略的意義、これらを伴う建軍の本格的着手を決定的メルクマールとした、非合法プロレタリア革命党の合法・非合法、公然・非公然を統一的に展開するものへの組織的改編―として結実させてきた。

 今日の党の矛盾は、この中・後期の戦略的地平に対する共有を前提的に拒否する頃向と、その傾向の根底的変革を放棄したつなぎ止め的弥縫に腐心し、それを自己目的化する傾向(自らも停滞)とに源流を有している。

 それは、階級性について(従って階級形成についても)、本質的全面的に実現されたものの措定の欠如を根拠にして、その地平のそれぞれにおいて、いかに小ブル的なものと区別されて成立させていくのか、その実践的検証の核心として、その地平に立つ地区党―産別、工場組織の再編やその再編を基礎にした労働運動(組合運動)の革命的再確立に向けた格闘をおくというのではなく、経済主義的・自然発生的階級性(その背景には自然発生的政治性=小ブル的政治性、ないしは既に古くなった政治性が現実的存在=政党である限り無自覚にあるのだが)を固定化したままで、これと新たな地平を外的に対置するという、対立に至りえぬ(対立が本質的に成立するのはある同一性の下であるのだから)すれ違い構造に問題の所在を有していたのである。そしてこの矛盾は、他方では、(必然的に)この地平を死活化させた革命期の深化において、プロレタリア・人民のそれぞれの歴史的社会的独自な矛盾―共通性の中から政治行動に発展し、敵との攻防において、階級闘争としてますます立体化しつつ純化していかんとする全世界的全国的うねりの中で、プロレタリア自己解放の全人民解放としての普遍性が問われ、わが解放派も部落解放運動をはじめとした被差別大衆解放運動において全党的に問われ、後期の内糾闘争の綱領的方向性の確定(77年)に向かったことと増幅しているのである。(革マルまがいの「被差別人民主義と闘う」などとまで言う部分までが現われたのであった)

 彼らをわかりやすく対比的に言う右らば、イデオロギー主義的・主体形成主義者たる革マルは、70年代=革命期の端緒において、「はみ出し、武装蜂起主義、革命主義」反対なる60年安保時の日共を彷彿とさせる挑発論によって、「頭から」反対してきたが、脱落部分の源流は、あるいは理念的には無関係―黙認、あるいは表層的確認はするが、その実践的組織的定立・展開に至るや、「体で」反対(あるいは、前者を横目で見ながらこの反対する部分をやっとの思いで追認)したということである。(無論のこととして革マルの反革命的徹底性には比すべくもないとは言え)いよいよ、一切のあいまい性・脆弱性を階級闘争そのもの(勝敗の帰結にかかわる)が許さぬ80年代初頭の最終的な諸政治勢力の陣型の再編―構築期において、たまらず開花したといわねばならない。

 彼らは放置し、固定化されれば単に反解放派策動のみならず、第2・第3の社共・革マルとして、その質量の圧倒的貧困さという差異こそあれ、80年代における職場―反合実力闘争、武装的実力的政治闘争への権力・当局・帝国主義労働官僚・民同と一体となった制動、パージに一時的に生命力を見い出そうとしていくのであり、社共・革マルによっては包摂されえぬ70年代的戦闘性・全人民性をもった部分に対して、新たな組合主義・産別主義の反動的固定化として決起を制動する組合主義者中堅官僚、およびそれとゆ着した社民左派勢力の微小的補完物となってしまうことは、冗談でも何でもなく、既に兆候も表われているのである。

 もしも、革マルがわが解放派への絶望的敵対の帰結として、反スタ綱領の白己喪失的自己崩壊局面におけるスタヘの反発的回帰・融合・吸引に至るに呼応するかのように、わが解放派が社民への反動的回帰とその戦闘的補完物を産み出すとしたならば、漫画にもならぬことであり、我々は革命的プロレタリアート・人民に対する責任に賭けて、そのような団結の萌芽を解体し、彼ら総体をその屈辱から解放するためにも、克服・止揚していくのは歴史的任務なのである。

 社公民あるいは社共の議会主義的再編・分岐・分裂も、新左翼諸勢力の再編・分岐も又、このような歴史的必然性において突き動かされているのである。

 日帝の体制的危機の下で、帝国主義ブルジョアジーの単一的支配の瓦解が進行し、反革命戦争に向けた攻撃が、朝鮮半島(アジア・中東)に身構え、反ソをテコとした反共産主義と直接的に結合した、新たに反革命的に純化した民族排外主義=帝国主義ナショナリズムー拳国一致・国家総動員=階級闘争の圧殺として部落差別、在日朝鮮人差別、沖縄(人民)差別、「障害者」差別を中心とした差別・排外主義を国内的テコに吹きすさび、それに見合って、日米安保―日韓反革命階級同盟、軍隊・警察―官僚的機構の頂点から、社会・産業・地域―エ場の末端に至るまでの反革命的ファッショ的再編攻撃として、現段階の本質的に重要な「過激派」の全社会的抹殺を尖端にかけられている。

 そしてこの過程は、全有産階級のファシズムヘの現実的衝動が一般化し、再び天皇(元首化・統師権攻撃)を頂点とした帝国主義的反革命的国民統合が、民間―軍隊内ファシズム勢力の台頭を条件としながら、「社会の潜在的脅威」に対して、すなわち体制の非合法的安定装置たる暴力団狩りすらテコとして、「過激派壊滅」攻撃を突破口とした最下層プロレタリアート・人民、被差別大衆への階級融合、同化―排除・抹殺を一方の柱(排除・差別における統合)として、他方における小ブル中間層(資本機能の体現者=上層プロレタリアを含む)に対する安定的体制的連合政権、およびそれと呼応した労働戦線の帝国主義的反革命的再編・統一(→再編)による社会的安定・統合の基軸たる産業報国会への形成を、ブルジョアジーにかわってこれによる前者への癒着と包摂(「社会的弱者」、中小未組織への関わり)をも担わせつつ進行している。

 今日の、革マルを反革命的先行とした新左翼的諸勢力の日和見主義的反動的回帰―「よりましな」人民戦線の補完物化の流れを規定しているのは、このような画段階的攻撃に怯えきり、自己消滅の危機にかられ、決戦に至る過渡的諸現象にまどわされ、しっかりとプロレタリアート・人民大衆の革命性・戦闘性に自己を据えられず、自らの主体的対抗力・陣型を再構築しえず、他力本願的に延命せんとするところにあるのだ。そうだ。わが日和見主義者―現代のメンシェヴィキを含めて、彼ら脆弱な中間主義的潮流は、この80年代においてはそもそも蜂起もプロ独も勝利もあらかじめ諦めており、やがて歴史の屑箱に入れられることを予感しながら、ちっぽけな己れの歴史=存在証明だけを小ブルにふさわしく自己目的化しただ空しく一日でも長い延命に望みを託しているにすぎないのだ。

 諸君、考えてもみたまえ。

 問題は、例えば本質的に基軸としてたてるべき労働者運動で言うならば、これらへの対抗をめぐって、30年代反ファッショ人民戦線―チリ人民戦線(議会主義的今日版としては成功=失敗した日本以上に戦闘的先輩)という破産せる"過去"への反動的回帰と新たな補完という敗北の道か、それとも反革命戦争とファシズムに向けた反革命国民統合を階級的革命的に切り裂き、武装せる右翼ファシスト勢力を先制的に解体し、勝利しうる―非合法共産主義プロレタリア革命党の飛躍的建設を中核としたプロレタリア統一戦線―戦闘的共同戦線(更にこの主体的陣型を基礎にして、社共と新左翼の中間主義的部分との共闘、および社民―総評系とのゆるやかな共闘)の全国的地区的産別的拠点―集中的には工場拠点を有した全産別的全人民的拠点地区の革命的労働運動の典型としての構築―であり、社共・人民戦線を越えた労戦の帝国主義的再編・統一に同一の土俵=議会主義・組合主義ではなく、真に階級的に対抗する労働戦線=労働(組合)運動のプロレタリア権力闘争―ソビエト運動の一環への再編と階級的統一=ナショナルセンターに向けた展望を現段階的に準備し、文字通り日本革命の唯一の革命的中核とたらしめていく道か、である。

 さらに、資本の帝国主義的国際争闘戦―競争(賃労働の民族差別的位階制)と資本間の競争、企業別本工労働組合(労働市場における現役と予備役、工場における労働秩序の位階制)と、それへの屈服による国益=ナショナリズム(反革命的民族排外主義)と企業主義、本工主義を現実的・階級的=社会的基盤とした労働運動の排外主義・差別主義への敗北とファシズム(的再編)への敗北の準備を越えて、全世界プロレタリアート・人民、被差別大衆―全人民の解放をわがものとしえているかは常に課題としてあるということだけではなく、80年代=階級決戦期における世界―日本革命運動における最重要課題の一つとして決定的に存在し、これを巡って新左翼諸潮流の分岐(わが解放派の内部も含めて)が進行していくのもまた必然的なのである。そもそも社共人民戦線への総体的屈服・補完(とくに日共スターリニスト―統一労組懇への)は、排外主義・差別主義の承認ぬきには成立しないことは、部落解放闘争ひとつ見ても明白なのだ。

 すなわち、これらの歴史的必然性を課題別に要約すれば合法(公然)主義、軍事的反対派、排外主義・差別主義への屈服(内糾における融和主義的歪曲と敵対)、権力・資本の解放派根絶―職場末端からの放遂への降伏、(「破防法=弾圧を受けぬ」ことのみに留意した弁護士主導型弾圧反対の反対運動に典型)、反革命革マルの白色テロルヘの恐怖=党派闘争における敗北主義、権力のスパイ戦略・革マルの「特殊的組織戦術」(スパイ戦術)に基づく潜入・攬乱・破壊の実践的黙認、そして見落してならない核心的問題は、これらの単に論争上・理念上の問題としてではなく(このことだけならば、党内における止揚の努力によってなしとげうるのだから)、解放派に居る限り避けられぬが故の、まさに実践的な小ブル的利害に基づく脱落として必然的であり、総じて人民戦線に対して結党以来の一切を水泡に帰すがごとき救済を願い、屈服・依存・追従し、その先輩たる革マルと「歴史的確執をこえ」て、まずは組合運動を手始めとして、共存・競合せんとすること、(その結果は、戦闘的共同戦線を桎梏とし、破壊せんとするに至ること)の中に表明しつくされているのである。


自己目的化した反解放派策動にひた走る右翼日和見主義グループを一掃せよ!

 さて、戦略、路線なき対象であり、主張点がアイマイであるが故の困難があり、世界―日本革命運動の発展にどれ程の意義を有するか疑問であるが、政治性と主張の核心点を把え返して、特徴点のみ要約的に批判しておこう。

 それは第一に、彼ら(の中心)経済主義者、社民的サンジカリストの思想的根幹をなすプロレタリアートの存在論―階級形成論について。

 第二に、党建設の永遠の彼岸性、「過渡」性=不可能性=社民党変革論にかかわるわが解放派に対する宗派(的政治グループ論)について。

 第三に、内糾闘争に対する差別的敵対・逃亡をめぐる問題の所在について。

 第四に、「立場論批判」なる反プロレタリア的、小ブル的自己絶対化論について。

 第五に、わが「党内闘争」における脱落分子による推進構造上の小ブル的特徴としてある、党組織内部の矛盾の潮流内大衆組織(労働組合等)への無媒介的な持ちこみと、そこにおける「解決」の追求の同題と並んだ、この「解決」方法と不可分の関係にある解党主義―組織脱落先行主義の有している党組織思想についてである。

 これらの点は、彼らの思想性、闘争(運動)論―闘いの推進構造において程度の差(最後はそこに依拠する部分とそれには絶望しつつも中間主義的に動揺する部分等)こそあれ、全てに貫かれているか関わっており、就中「党内」論争の諸点に関わっているのである。

 第一の点は、現代ブルジョア社会の変革―共産主義革命の、世界的生産力と並ぶ、二大前提条件の一つたる世界史的個人(プロレタリアート)に関わる問題である。

 それは革命の歴史的必然性=社会的階級的根拠が、勝手気ままな思いこみや意味付与されたイデオロギー的世界(イデオロギー化されたプロレタリア)の中にあるのではなく、現存社会の特定の階級的存在とそれに発した闘いの団結の普遍的発展の中にあるものとして、我々が一貫して固執してきた領域であり、プロレタリアートの頭上にスターリン主義を産出した歴史的痛恨において、「プロレタリアートの解放はプロレタリアート自身の事業であ」り、「生産者の政治的支配と、生産者の社会的隷属状態の永遠化とは両立することはできない」ということを把みとらんとし読けてきたものである。

 従って、このプロレタリア(―ト)の存在把握それ自身と、それを踏えたプロレタリア革命運動の歴史的教訓化と階級闘争の推展・将来の洞察―による深化をなしえず、階級闘争から桎梏として脱落せんとする彼らの姿は、我々の限界的他在ともいいうるのであり、全ての他党派の小ブル性、反プロレタリア性への根本的批判点でもあることを含めて、批判―克服の方向性(序論)を述べていく。

 結論的にその存在論を一言で表わせば、「工場(直接的生産過程)のプロレタリア(本工)」のみであり、その存在の矛盾は「工場―資本の社会的隷属」のみであり、「それ以外」(従ってそれ自体でもある)の面は、生きたプロレタリアートのありのままの現実(闘い)にせまられたせいぜいの説明の手段であり、外的連関性におかれている。そこには、厳密につきつめていけば、個別プロレタリアープロレタリアート全体という視点がなく、労働力の再生産過程(「種族」、家族の再生産を含む)を媒介した社会的隷属の貫徹構造が軽視され(企業別本工組合主義の決定的限界に関わるもの)、前提的に資本(家)の総資本(階級)としての支配=政治支配は、国家を媒介として貫徹されていること=プロレタリアートへの政治的支配が欠落ないし軽視され、民族的国民的制約と競争の中にある総資本の一構成としての規定性下での個別資本による個別賃労働への社会的隷属であることや、労働市場(世界性も含む)の規定性―現役と予備役、「支配の安全を供する」統治機構や、資本機能=搾取労働のプロレタリアの具体的有用労働の内容に規定された区別性、世界―世界資本主義に占める、その国のプロレタリアートの世界的位置と性格がおさえられていない。それらの上で更に、プロレタリアの社会的=歴史的規定性(プロレタリア階級のみではないが)の階級的把握と、政治的=歴史的(すなわち階級闘争の歴史の中で形成されてきている政治性)規定性が欠如しており、総じてプロレタリアートの空間的立体的存在構造が欠落し、時間性が切断されてしまっているのである。

 ところで、我々は、このように存在論それ自体の総体的把握(及び、それに基づく階級形成論)を追求するのであるが、観念論(哲学)=スタ、黒田(革マル)や、政治力学主義者(ブンド、中核)の批判するごとき(これまでの小ブル「左翼」的常識レベルからみたうえでの)プロレタリア把握における"政治的"無規定性(あるいはイデオロギー主義的哲学主義的における、あるいは、路線的党派的における)ということにまずはあるのではない。このような批判―批判の方法を第一義的性格にしてしまうのは、批判する側の小ブル的思想性―社会性、政治性を自己暴露しているにすぎない。これは、自らがプロレタリア的観点からすれば無規定であり、しかし、本質的に社会的政治的に無規定な存在はありえない以上プロレタリアートの革命性、プロレタリア革命の衝撃を外的に受けた小ブル中間層のイデオロギー、政治路線とそれによるプロレタリアートヘの"ゆ着"なのである。

 すなわち、階級的存在の自己意識としての思想(イデオロギー)、その必然性において打ち樹てる政治性、路線か否かが問題であり、自己を存在的に検証するものをもちえぬということである。従ってそのような批判は、彼らへの有効性をもたず、それに対してはキョトンとするか、せいぜい政治的無力さを感じている部分を「それでも違う」と言いつつ歯ぎしりさせるぐらいが関の山なのである。

 そもそも権力のスパイ=黒田―革マルを例にとれば、自覚の論理のプロレタリアにおける適用として、「生産手段と人間主体の分離」の歴史的反省を語るにすぎず、その反省―自覚した人間=プロレタリア的人間としてプロレタリアをイデオロギー主義的に把み、次にそれを実体化し自立化させることによって、それを現実のプロレタリアートに押しつけ、革マルならば雑文家も小ブルも(スパイも)プロレタリアであり、闘う革命的プロはプロレタリアではなくなるのである。このプロレタリア論(これを拠点に、「主体的実践的唯物論」とその証明、組織実体の形成によって、全てが珍無類の模倣のモザイクであり、場所的弁証法と過程的弁証法が統一できないなどと卒直らしくみせかけつつ自己を美化して悦に入る己れと、他の哲学的「競合」者との区別がイコール「創造性」だとしているのだから黒田の全てでもあるが)の漫画性は、生産手段―土地(やその他の経済外的強制)から「生産者」が「分離」="自由"となることによって、ブルジョア社会が形成され、プロレタリアートが産出され、ブルジョア社会(の矛盾)も発展したのであってその基礎のうえに立つプロレタリアートのまさに、資本制的な社会的隷属と支配の下での矛盾=存在は把えていないのであって「分離」そのものの矛盾もこの現実的矛盾において把えられないことにある。けだし、プロレタリアートの闘いと団結、共同性―プロレタリア革命によってより高次な〈生産者の共同性=共同の下への生産手段の支配〉として止揚されるのだから(なお主体も手段も並列して対象としてしまい、統一するなどというのは、反階級的であるのはもちろん、反人間的・物的なものであり、黒田の物化され、疎外されきった感性が表われており、政治的にはブルジョア社会―ブルジョア以下の封建的反動的代物である)

 この黒田の「プロレタリア的人間」の裏返しが、革マルコンプレックスのもとでの神秘的観念的プロレタリア存在主義(81年「解放」新年号論文参照)というわけである。詳細は論旨ではないので捨象するが、既にのべた存在把握の一面性は、思想的に頑迷化すればこれになるのである。その結果は、自然発生性への拝脆・経済主義(組合的政治)となり、社民的思想・組織構造を必然的に有し、国家論―就中暴力装置の欠落・軽視とそれによる永続革命論(―階級形成論)における国家の転覆=政治革命の結節性を欠如したズンドーなものとなり、政治を政治として立て切れぬ中で、軍事・非合法の必然性はなくなると共に、革命党の定立それ自体を希薄化させてしまう。更に、プロレタリアートの世界的全国的立体的な階級的革命的統一と形成、(日本人本工のみならず他民族プロレタリア・予備役を含む)や、農民(とくに駆逐され、半農漁、半工化した部分)労働力商品の再生産過程の学生・高校生、更に、決定的には被差別大衆等の闘いと連帯し、階級的革命的に転換・発展させていくことはなく、相互の分断の上にたった関わりにならざるをえなくなってしまうのである。(まさにブルジョア社会への屈服と言わずして何であろうか)

 そこにおいては、ついにわが戦列の圧倒的過半を構成する革命的労働者、労働者出身指導部や、共に闘う戦闘的労働者の仲間達、すなわち、政治化し、革命化し、党員となった労働者は、その主張によれば階級的でなくなり、彼らの視野から消えてしまうことも何ら不思議でなく、対立を必ず、プロレタリアとインテリ、プロレタリアと学生というように、(彼らを牽引しているのはほとんどが学生運動挫折の学生出身者にもかかわらず)描き、プロレタリア・人民を思想性・政治性・組織性における矛盾の格闘からそらさせ追随しつつ、実は真綿のように小ブルジョア社会主義の下に服させてしまって何の階級的矛盾感覚もなく平然とできるのであり、戦略や路線を巡っては、その枠内で「自由」におしゃべりし、我々の提起に全く一方的に逆規定され、一知半解のまま、要するにどうでもよく、ただ反対しさえすればよいという腐敗をさらけ出しているのだ。

 第二は、我々に対する宗派規定の政治技術主義的・反動的性格である。ここで問題とするのは、宗派規定の無内容性は置くとしても、突如として出してきたその意図するところが、2・11反革命への報復・解体戦からの逃亡、〈革マル=(小ブル社会主義「左翼」=反スタ・スターリニト)反革命規定の否定〉と、分裂主義(計画的陰謀的脱落の準備)の居直り的正当化にあること、および、この敵規定による党内闘争的性格を否定し、問答無用的囲い込みによる末端操作をせんとしていることであり、これらを主張する分子こそ最も解体すべき対象である。その主張の反動性は、わが解放派こそが、宗派中の宗派=革マル〈宗派という場合、単に階級闘争にとっての桎梏性だけではなくその桎梏性の宗教的性格=イデオロギー主義的観念主義的普遍性によるブロの普遍性への敵対と破壊(支配)に関わる問題を展開しなければ空語となり、他党派批判の総体性は、その社会的階級的基礎と綱領・戦略・組織、(共同性)=政治性格を基調にしなければならず、黒田革マルは典型的な「実際宗教的である」(マルクス)構造を有しているといえる〉と出発以来闘ってきたし、宗派性から最も解き放たれた党派であることを百も承知で、その内実は彼らの「革マル=宗派と闘うから宗派(と同一構造)になる」という脅えきった悲痛な言葉に尽されており、第一の頃で明らかにしたように、階級的政治性・党派性―組織性への経済主義的反発―理論闘争軽視に基づく「学生とプロレタリアの対立」「学生・インテリ=宗派」という虚構をつくり、党派闘争の中心的部隊=学生戦線、軍事組織の防衛力=戦闘力を解体させんとするところにある。もって、2・11の重い十字架から自由になることを願望し、70年代的政治的党派的な誇るべき地平の全否定の突破口にしようとしているのだ。そしてこの「宗派と闘えば宗派とな」り、「権力と闘えば権力にな」るという堕落した批判を先行させ、その証明として先行する脱落のための挑発の果てに、9・15実力対決を仕かけ、その結果(「9・15襲撃」)を原因として逆転させようとするごとき社民的手口は、わが解放派に結集する労働者・人民は無論のこと、全プロレタリアートには透けて見えているのである。

 この実力(暴力)=宗派論は、主張の無惨な末期的姿であり、暴力の階級性、政治性なき、小ブル的技術的把握をさらけ出しているのは言を待たない。

 第三については、わが解故派の歴史的限界を固定化し、居直ればこうなるという、まさに否定すべき他在であって、批判に値する内容は皆無であり、さすが彼らの内部でも反省の動きがあることも合わせて、むしろ問題の所在を明らかにする方法をとるべきである。

 まず、国際―日本共産主義運動の総括を通して左翼史上初めて提起し着手した内糾闘争(およびその過程での格闘)の意義は、第一に党員による差別事件に対して、部落解放同盟(被差別大衆―組織)による糾弾をうけとめ自己批判するとともに、その党的な実践的組織的貫徹の構造を形成したこと、そのことによる部落民・被差別大衆の闘いと団結の階級的革命的発展、党への結集の基礎を獲得したこと。より直接的には、差別廃絶の闘いへの動員主義的関わりの克服の全党的定着、その基礎をなすものとして〈部落大衆(被差別大衆)の生活と闘いの現実〉とその階級的把握に出発点を据えつけるという、ある意味ではあたりまえに思えることを自らのものとしたこと。第一に、プロレタリア解放の全人民解放としての普遍性=その一環をなす被差別大衆の解放としての普遍性を巡った思想的深化(スターリニズムの実践的止揚の思想的基礎としても)、第三に革命戦略における排外主義差別主義との闘いの構造と意義、第四に、党の党としての内的な理論的組織的確立、再確立のための活動、党内部思想闘争の意義を全党的により強固にしたこと。〈なお党内部の思想闘争を前提的に革マル主義としてしまい階級闘争から切断された自己の固定化、絶対化(=共産主義社会の今日的実現になるとする)は論外であり、間題はその在り方が階級的か小ブル的かにあるのであり、階級闘争―階級形成の自己変革的本質に基づくものの党的地平のそれであり、その中には階級的反省―新社会の形成的諸要素の獲得も当然存在している。〉

 そしてこれらの意義を共有しえないことによって、一部の脱落の原因となり、悪質分子の策動のテコとされた。

 第二・第三の日共・革マル差別主義集団の道へと転落しつつある要点は、次のような構造においてである。

 全党的な困難性と課題としては@左翼―解放派としての初めての格闘―試行錯誤性、A中央指導部―指導機関(特に部落解放対策部)の指導性の不十分性、B党のその他の全体的地平と差別問題を巡る地平のカイ離、および差別性の根深さ、C内糾の独自性=綱領的組織的同一性に立脚しつつ再編すること、D80年代に向けた党的組織性―集中力の再確立過程での格闘であったこと、E権力の解放派根絶攻撃、革マルの白色テロルー反革命的介入・利用を許さぬための防衛的諸条件に規定された形態方法があった。そしてこれらの共通の格闘内容を外在化し逆手にとって、差別(的対策活動)への糾弾に対して、偏見・恐怖に基づいて敵対し、糾弾逃れのために組織脱落していったのである。すなわち内糾闘争の(直接的には)"外的"な問題への転化―党内の論争へのスリカエとして、「糾弾する部落民、『障害者』の政治性がわからぬ」「変革〜相互変革でなく打撃主義だ」と弾劾し、日共並みの方法・形態批判のみを事として「恐怖(政治)」を煽り、「差別に対して糾弾ばかりすれば(党から)誰も居なくなる」と差別的唱和をなし、もって解放同盟内で闘う同志の売り渡しや、解放同盟に対する(糾弾闘争への)面従腹背・見下しに至ってしまったのである。

 第四の立場論の問題は、彼らの中のかつての学生指導部でわが党内部で一貫して官僚主義者と呼ばれ、学生運動の小ブル的傾向を体現し、解放派の労働運勤には革命性の一滴もなく別物だと言い放ってきた部分がその己れの裏返しとして、プロレタリア・コンプレックスを満展開させ、階級性・革命性も蒸発した自己喪失的惨状のもとで主張しているものであり、反党・反同盟たら何でも取り入れようとする右翼産別主義なども迎合しているものである。そもそもこれは、学生戦線における60年代解放派学生運動の〈最後の学生主義―小ブル急進主義的傾向〉の止揚に関わり、プロの社会的隷属(からの解放闘争)と共通の運命=社会的制約(からの根底的解放)とするとき、それによって学生の闘いの階級的位置づけを可能にし、学生の社会的エネルギーに道を切り拓いた意義と同時に、学生運動のそのままの戦闘化革命化が肯定され、当時の自己否定主義への批判の一面性とも相まって、階級的把え返し・再編が喪失し、それと比例して階級性や労学共闘の強調がくり返し空語化することの総括としてあったのである。

 大学生は、中高級技術労働力の生産=再生産過程における矛盾を有しているが、まず当然にもプロではないこと(過程的存在)、かつ将来の定在は、資本家を除いても統治機構の上級労働力や資本機能を担うプロレタリアなのであって、存在の利害の延長上とそこでの闘いは小ブル的なものであり、搾取されるプロレタリアートの存在=利害とそれに発した目的、戦闘性革命性への転換ぬきには小ブル学生主義になり、不断に小ブル急進主義と他方での解放派としての党派性としてある階級性が理念化されたままでのプロレタリア・コンプレックス=普遍的被制約存在たるプロレタリアになること=就職(=実は大学生出身プロレタリアであり、限られた戦線配置以外は学生運動の過酷さと生活不安による脱落に類するものとして)への不断のブレとしてあったものの突破として画期的だったのである。このことによってのみ70年代の新たな階級的革命的学生運動―真のプロレタリア統一戦線の一翼としての全学連運動が開始され、71年労学共闘―全青協の革命的推進への着手も可能となったのであり、ここにおいて学生とプロレタリアは共感から階級的関係に入ったのである。

 ブルジョア社会における存在―利害としての立場はプロレタリアート以外においては転換しない限り小ブル的体制内的改良的にならざるをえないのである。立場(論)の一般的否定は、ブルジョア社会のそれぞれの階級的定在の並存的肯定となり、階級的否定を欠除させることによって、階級協調・融和にすら徹底的につきつめればなるのであり、彼らの小ブル性の証しであり、ブル社会に屈服しズタズタに切断したまま「それぞれなりにやっていく」という心情の吐露である。

 問題は、立場の転換という場合の小ブル的観念的構造か、プロレタリア的構造かにあるのである(念のため言えば、例えばプロレタリアは農民の立場を、資本家・権力に対抗する時、矛盾を共有し、連帯することはあっても、農民の立場に転換するなどということはありえないのは当然である)

 さらにこれは内糾闘争において、部落民の存在=立場に立ち(共有して)その根底的解放のためにプロレタリア的革命的立場を定立することに関連して、全く意味不明に、一般民の自己肯定のためにのみ出されてもいる。これによって部落民、「障害者」の差別糾弾の内容や仕方にケチをつける形で糾弾されている部分とともにそもそも差別的に防衛し、居直る口実とされているにすぎないのである。

 批判されるべきは自己の矛盾と切断した自己否定=観念的立場ののりうつり(裏返しの自己肯定)なのであって、問題なのは階級的転換が感性的なものを含めて不断の過程として深め・発展・再定立する構造を有していなければならないということなのだが。

 第五は、政治路線なき脱落先行に至った解党主義・小ブル分散主義・私党主義の発生根拠とその止揚の方向性である。

 内糾の過程で糾弾に恐汲オ、脱落する部分、それを擁護しスタ化したなどと悲鳴をあげる部分、党内闘争の組織的機関的展開をネグレクトし、反安保労研や全国反戦に持ち込み、あまつさえ共闘団体や組合機関に無媒介に持ち込み引回し、実はその「社会問題化」によってのみ延命しようとする団結・共同性・組織などは、もはや革命党の高度な党的組織性・規律とは遠く隔っており、革命を実現することなど不可能な代物でしかないのは言を待たぬ。彼らは、革命を改良・評論に、党をサークルと感ちがいした部分である。

 革命党の組織性は、労働者の階級的共同性の本質を全面的に特殊に体現したそれであり、国家権力(その他、諸敵対的政治勢力)の攻撃・圧殺に対決するに必要な諸要素を有し、それにふさわしい規律を含む組織性であり、党員はこの階級的普遍性・全体性の特殊的体現たる党を構成する組織的個であり、党全体=個別党員としての党員なのである。それはブルジョア社会のアトム的個、小ブル的個人とその寄せ集めとしての集団では全くない。しかも内糾闘争のみならず思想闘争・革命運動の相互連関を把握しえず、前者に対して拒否反応を起こし、ついには小ブル自由主義的・個人主義的分散主義的に脱落してしまうことになるのである。思想闘争(を始めとした党の内的組織活動一般)は小ブル的でス夕的だとうそぶくか、無関心になり、発展・飛躍の一つのテコとすべきものを混乱のもち込みとして逆転して把んでしまい党内思想闘争と階級闘争との有機的関連を無視するのである。

 さて、これらの思想的政治的傾向への批判を踏まえ、一方での彼らの脱落の背景となり契機となっている労戦の帝国主義的反革命的再編とその下でのパージをめぐる点についても一言触れておかねばならぬ。労戦の帝国主義的再編を理由にまずは組合間の名目で開始し、社共・民同のみならず革マルとさえ屈服・共闘せんとし、それがまた、思想的・路線的・運動的・組織的な右翼日和見主義的社民的純化を促進しているのである。我々は、労組(特に親)の、党派とは区別された謀介性・独自性をもった推進構造を否定したことなど一度もないのはもちろんである。我々は社共・民同のみならず、同盟・JC足下での独自展開の構造すら追求しているわけだが、ただ、反合実力闘争、権力闘争―政治闘争を制動することを条件にして彼らにとり入ったり、戦略展望―政治的総体性を彼らに委ねたりするというような、革命的戦闘的プロレタリアの権力展望=主体的闘争・組織陣型を喪失破壊することに反対してきたのだ。

 我々の任務は、82年民間先行統一をもって具体的に突人せんとしつつある再編・統一に対決し、社共反ファッショ人民戦線の瓦解―反革命的再編を越えた革命的ソヴェト的闘争組織陣型―階級的革命的労働運動の構築によって粉砕することであって、議会主義と組合主義という同一土壌における敗残社共・民同の補完物として、息をつくことなどではないのである。

 再編・統一攻撃とは、それに属しない部分への分裂攻撃でもあって、「過激派」=プロレタリア革命派パージを本質的基軸とした、組合主義左派―相対的「左」派=人民戦線派を含めて、完全な屈服=解体か、分裂の強制かを意味し体制擁護=産業報国会―戦争とファシズムヘの労戦の上からの突撃か、労組の階級的再編・分岐、分裂)かをせまるものであり、戦後第一の革命期における、日共パージとセットされた産別解体―反共民同形成攻撃の教訓化が真に問われるすぐれて革命期―80年代階級決戦期の特徴としてあるのだからである。

 脱落分子による産別指導は、党の組織矛盾を受けた権力―当局の集中攻撃の中で、反合実力闘争の放棄―制動のみならず、争議団の闘いをも公判闘争主義的に、それも弁護士主導的反プロレタリア的に腐敗させんとするに至っており、我々は彼らの下で呻吟する闘うプロレタリアートに対して必ず責任をとっていくであろう。

 その中で、党派的背景の存在で初めて可能だった闘いにおいて、右翼ファシストに闘わずして降伏し、反革命革マルに蹂りんされ、小ブル諸派にすら城を明け渡しつつある現状の突破は、既に官公労本工的「安定」の時代が終えんせんとしている今、一つにわが党の双肩にかかっていることを肝に銘じなければならぬ。

 友人・支持者諸君!

 70年代の権力闘争・党派闘争・党建設における強靭な戦闘性・革命性、新たな領域における豊かさを、現象的に広大な距離と見えるものを透徹した目で共有し、今日のわが党の試練を飛躍へ転化し、数倍の質量をもって再確立しつつあるわが解放派とともに新たな80年代に向けた歩みを共にしていこうではないか。

 我々は、今日の「党内闘争」を権力の根絶攻撃への組み込み(スパイ強要・脱落分子への「『左派主流』を弾圧するから情報を提供せよ」)や、末期的危機に立つ(ワラを与えられた)反革命革マルの介入(党派闘争の重圧が軽くなるという幻想にもとづく脱落分子への思い入れや、「復帰するのは許さない」なる白色テロによるどう喝と指示=ねめ回し!!)を、脱落分子に対する攻撃を含めて我々への攻撃と見なし、一切粉砕し、自己批判し飛躍を遂げて復帰せんとする部分には門戸を開放しつつ、彼らの敵対性格・度合に応じた相応の対応を原則的・徹底的に貫徹するであろう。

 我々は、今日彼らの一部が、公安のスパイを社長にした印刷所を拠点にしていることに見られる腐敗の極みに達し、権力闘争・対ファシスト戦から脱落し、党派闘争から逃亡=親革マル勢力化(国労高崎・東水労の一部)に至り、一通過点としての新左翼内人民戦線右派ブロックとの共闘から、ついには社共人民戦線の補完物と化さんとし、排外主義的差別主義的傾向を純化させんとすることによって、三里塚・日本原・狭山等の戦闘的共同戦線の混乱を自己目的化し、戦闘的労組に対して(我々系のみならず干葉動労に対しても)労働戦線の人民戦線的ねじまげを策しつつあることに対して、それがいかに微弱なものであるとはいえ、自らの思想性・綱領・戦略・組織(性)の中から産み出したことの痛苦な総括をもテコとして止揚力を鍛え上げながら、成すべきことをなすであろう。

 永続革命・世界革命の旗の下、80年代日本・世界革命の勝利へ!
 = 関 連 資 料 =
 1980年8月社青同声明
 1980年12月革労協声明