全学連(伍代委員長)

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右翼・ファシスト撃滅!反革命革マル・木元グループせん滅!

全日本学生自治会総連合(伍代委員長)

9/15―16戦争法弾圧 国家権力による暴行を許さない

赤坂署3番

 9月15日、前日14日の闘いに続き人民が決起しました。機動隊による鉄柵規制を粉砕し、国会前車道を開放する闘いが開始されたのです。国会防備兵である機動隊はこの闘いに恐怖し、3重・4重の隊列を成して人民に襲いかかってきました。そこで機動隊は私に「公妨」をでっち上げ暴力的に引っ張り上げ連行したのです。この過程で連中は私を引き倒し数人がかりで蹴りまくりました。私は負傷し流血を強いられました。

 私はこの後、麹町署に連行されました。すぐさま医療を要求し病院へ連れて行くように言いましたが、病院に到着したのは逮捕後3時間も経っていました。さらに、この連行過程で麹町署の公安デカは私に対し「バカ(ママ)、ボケ(ママ)」と罵倒し続けたのです。 この時の医師による診断は「裂傷、擦過傷、打撲傷」で「レントゲンを撮る必要はなし」というものでした。

「取調べ拒否」―連行拒否で抗議

 さらに公安どもは負傷している私に対し暴力的な指紋採取を強行しました。しかし、指紋採取を拒否する私を前にしてこの日は途中であきらめました。赤坂署に移されると無理矢理衣類をはがされ暴力的な身体検査を強行されました。16日の午後には公安どもが私の指紋と写真をとりに大挙してやってきました。留置の警察官どもが私を房から引きずり出すと公安に引き渡し、暴力をもって私の指紋と写真をとったのです。一緒に暴行をふるった鑑識課の警察官は「指の骨を折るぞ。くそガキ」と私を罵倒しました。これら一連の逮捕過程が負傷している私にとっては暴行・虐待そのものでした。

 翌17日には拒否する私を無理矢理房から引きずり出し検察庁へ連行しました。18日、やはり警察官どもは拒否する私を無理矢理裁判所へ連れて行き勾留質問を強制しました。終了後、私を裁判所から連れて帰るや、私を留置場内に設置されている「保護房」へ叩き込んだのでした。「保護房」弾圧の「理由」とは、「職員の指示に従わなかった」というもので、「警察官による連行に抵抗したから」ということです。取調べ拒否の闘いへの報復に他なりません。また私は黙秘をしているので、受け取りを留置番号ですることに対しても「指示に従わない」「理由」とされました。「保護房」そのものを許せませんが、これは明らかな「保護房」弾圧の拡大です。徹底して抗議します。

「保護房」弾圧を許すな

 「保護房」内には私物は一切入れられず、入るのはちり紙のみというすさまじい獄殺処遇です。居房にいた時は飲ませていた痛み止めの薬も飲ませません。とりわけ許せないのは、枕・毛布・布団といった寝具を一切使わせない攻撃です。固く冷たい床の上では全く熟睡などできません。従って、昼間であっも睡眠不足のため常にウトウトした状態が続きます。私は取調べを拒否していて連れ出されることはなかったのですが、もし取調べを強制されたら最悪の体調で強行されることになったはずです。一般刑事事件で留置されている獄中者の場合、ほとんどの人が「保護房」から直接取り調べ室へ連行されていると思われます。肉体的・精神的に疲弊させて取調官が自白誘導するのです。このように、警察署での「保護房」弾圧は拷問と自白強要の場である取り調べと一体の攻撃としてかけられるのです。こうした攻撃を絶対に許してはなりません。

 私はこの「保護房」弾圧に対し3日間のハンストで抗議しました。以降も赤坂署警察官を徹底弾劾して闘いました。本年2月のアメリカ人男性虐殺についても追及しましたが、赤坂署の警察官は「知らない」などとシラを切ったり何も答えなかったりとごまかし続けました。共に闘う仲間達と弁護士さんも赤坂署に抗議しました。こうした獄内外の闘いにより「保護房」から出されたのは23日の午前でした。6日間の「保護房」弾圧を絶対に許しません。  その後も胸の痛みが続き、出獄後に医療機関でレントゲンを撮ると肋骨が骨折していました。あらためて、権力の暴行への怒りがわきます。

完黙・非転向で闘おう

 支配階級が戦争へ突撃する時、一切の反戦勢力を潰すための弾圧がふき荒れるのは歴史の常です。「完黙・非転向」の闘いは、単に権力に情報を与えないということではありません。圧倒的な物理力をもって拘禁する敵に対して非和解を貫き、一切の武器を奪われても我が身をもって敵を打倒する陣地を築くということではないでしょうか。そうなれば警察署であろうと拘置所や刑務所、当然捕虜収容所においても完黙・非転向で闘う者が存在すること自身が敵にとっては脅威となるはずです。

 また、権力は「取調べ」などと言って獄中者を密室に監禁し屈服―転向させようとします。これは全く許せないことであり、本来取調べ室や留置場に監禁されることどころか警察署などへ連行されること自体が不当なことです。「取調べ拒否」は連行そのものを拒否することで、敵に対して抗議の意志をぶつけることができると思います。このことから、私は「取調べ拒否」を闘うことにしたのです。敵・権力に対して非和解の姿勢を示す完黙・非転向の闘いこそ抗議の闘いだと思います。「取調べ拒否」の闘いもその延長上にあるのだと思います。

 徹底非妥協・実力闘争を貫き「弾圧を打ち破って実力で闘うこと抜きに闘いの勝利はない」ことを三里塚の闘いが示しています。「三里塚のように闘う」ことで必ずや勝利をかちとりましょう。

 警察・検察・裁判所、全ての治安弾圧機関を解体し治安弾圧を粉砕しましょう。弾圧下手人に徹底報復しましょう。刑事施設・精神病院に設置されている全ての「保護房」を撤廃させましょう。

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