戦争とファシズムに突き進む安倍連合政府を打倒しよう! 日帝国家権力解体!
三里塚・市東氏農地強奪阻止決戦へ!
右翼・ファシスト撃滅!反革命革マル・木元グループせん滅!
わが革労協―プロレタリア統一戦線の革命的戦士は4月15日午後9時10分、反革命印刷所「こだま印刷」から出た反革命装甲車輌を的確に補足し、革マル「政治組織局員」藤原隆義、「こだま印刷」指導者関口誠司、金沢大革マル伊東亘、岐阜大革マル伊藤修に革命的テロルを叩き込み、車輌もろとも完全に打倒した。
この偉大な闘いは2・11反革命、わが革命党の最高指導部同志中原暗殺に対するプロレタリア革命党の鉄の回答である。
最悪の反革命分子藤原らは格子、鉄板を溶接し、内側から白スプレーで目かくしをした反革命装甲車輌に乗り、「この車は鉄壁防衛だから大丈夫」という"神話"にとりつかれ、「こだま印刷」から出てきた。我が戦士たちは直ちに戦闘体制に入る。反革命分子どもは約70メートルすすんで県道を左折して約400メートル、わが革命的部隊の手の内にスッポリとはまりこんだ。
わが部隊は直ちに4トン車をもって車道をふさぎ、2トン車で後方からはさんだ。
卑劣漢革マルどもは逃げ道をふさがれるやサイレンをならし、権力を唯一のたよりにする反革命ぶりを発揮したのだ。反革命分子らは右前方つづいて左前方に逃げようとしたが無理とみてバックしようとしたところを、わが革命戦士の2トン車が後方から突撃し、数回革マル装甲車の後にぶつけ、反革命車輌を完全ストップさせた。
革マルは自らの2・11反革命の罪業の深さにおののき、まったく抵抗を放棄し、権力と鉄板に身を委ね、ドアのとっ手をにぎりしめ、助けを求めるばかりであった。しかしわが革命的部隊は敵の頼りの反革命装甲車を「鉄の棺桶」に変えたのであった。
わが部隊は2・11反革命への煮えたぎる憎しみに燃え、猛然と突撃し、前面フロントガラスをたたきわり、それに対して天井からおろした防御板でふせごうとした。革マル「政治組織局員」藤原隆義、反革命印刷所指導者関口誠司、防衛隊員であり、反革命「全学連」特行である伊東亘、伊藤修計4名の反革命分子に革命的テロルを炸裂させた。
わが戦士達は、埼玉全県、首都各県、都県境橋全域にわたる権力の戒厳令をあらゆる手段を駆使して突破し、全員帰還した。
この闘いこそ、2・11反革命、わが革命的労働者協会総務委員会書記局員であり、偉大な共産主義者である、同志中原暗殺に対する煮えたぎる怒りと憎しみを、鉄の組織性と計画性、戦闘遂行における大胆さとして絞りあげ、階級的革命的原則にのっとったすさまじい革命的テロルとして革マルの頭上に炸裂させたものである。
この闘いは3・7早大革マル渡辺―3・9九大革マル重撃沈に続き、敵中枢への革命的テロルの炸裂の第一弾である。
わが解放派は2・11反革命・同志中原暗殺にあらゆる方法、手段をもって復讐すると宣言してきた。そして2・11復讐戦は日本党派闘争史上空前の炸裂をもって激烈かつ熾烈に闘いぬかれるであろうことを宣言してきた。4・15戦闘こそまさしくかかるわが革命党の宣言の実践化である。プロレタリアートとその革命党の怒りを更に更にすさまじい革命的テロルとして革マル反革命分子の頭上にうちおろすであろう。革マルの完全な解体までやむことなき猛攻として炸裂するであろう。
最悪の反革命分子藤原はわが機関紙「解放」191号ではっきりと示したように、革共同分裂以前からの早大最古参の反革命分子として、山代と肩をならべる位置にあり、革マル政治軍事中枢を握る「政治組織局」の中枢であった。第一次早大闘争(66年)当時の早大革共細胞のキャップをつとめ、68年早大文連乗っとりの総責任者であり、徹頭徹尾、わが解放派への憎悪をむき出しにして革マル内部でのしあがってきた最悪の反革命分子だったのだ。革マル「政治組織局員」藤原に対する革命的テロルの炸裂こそ、黒田・山代・朝倉・土門・西条ら革マル反革命指導部打倒の鮮血の導火線である。わが解放派は必ずや革マル「政治組織局」全員を革命的テロルで打ち倒すであろう。
革マルよ!直視せよ!彼我の真の戦闘関係を直視することを恐れ、自らの絶望的敗退、崩壊的現実をウソとペテンで糊塗し、「ボーリャク」を吹聴し、内心わが解放派に恐怖しながら、内外をあざむくアヘンとして「謀略論」をがなりたててきた報いが、藤原を守るべき防衛隊、反革命「特行」2名が戦闘時になにひとつ反撃しないという脆弱ぶりとして露呈しているのだ。
4・15戦闘の大戦果の意義は第一に、革マル政軍中枢=反革命「政治組織局」の一角の打倒という対革マル戦史上最大の成果として裏指導部―敵中枢の補足打倒という新たな地平を戦取し、2・11復讐戦の本格的第一弾を闘いとったことである。
第2に、反革命機関紙エセ「解放」発行体制に重度の打撃を加えたことである。
第3に、方法・手段・戦果において革命的テロルの徹底性、反革命党と革命党との相互絶滅戦にふさわしい革命党の戦闘指導の徹底性、非妥協性、革命党指導部暗殺に対する回答にふさわしい徹底性を一点の曇りもなく明らかにしたことである。
第4に、党の戦闘指導下におけるわが軍の作戦能力の飛躍的前進及び本格的死闘戦にふさわしい革命的敢闘精神の戦取による戦果であったこと。
以上の必然的帰結として第5に、革マルの党的危機を決定的地平にまで促進したことである。
2・11復讐戦は更に激しく徹底的に闘い抜かれるであろう。同志中原虐殺に対する復讐・報復戦は革マルの確実な解体を実現する解体戦として貫徹され尽くされるであろう。
黒田を頭目とする「政治組織局」全員を革命的テロルで打倒せよ!反革命白色テロ部隊を総殲滅せよ!労学両戦線から革マルを粉砕・放逐せよ!
2・11反革命の正面突破を藤原ら4名の反革命分子への革命的テロルの炸裂をもって貫徹し、かつ革マル「政治組織局」全員の打倒への鮮血の導火線となるべき4・15戦闘の超巨弾に、今や革マルは大混乱、大動転し、おしとどめることのできぬ破局に叩き込まれ、死の行軍に入っている。小心虚飾の革マル「指導部」は自らに迫りくる"最後の日"への恐怖に眠れぬ日々を送っている。革マルは又もや、4・15戦闘に心底驚がくし、真の現実を直視することを死ぬほどに恐怖し、「権力による謀略」論をがなりたてている。そして革マルの「反撃の第一弾」たるや京葉道路に重油とクギをぶちまけるという、ブル新からも"ヤツアタリ"と言われる始末の、笑止千万ぶりなのだ。そして革マルは、己れにせまる根底的破局の危機をわが解放派の"政治軍事中枢の壊滅(6・24、2・11)"なる主観的判断に立って「権力の手先」規定から「謀略グループの広報班に転落した解放派」なる規定に変化させつつ新たな反革命テロ襲撃によって乗り切ろうとしている。
革マルの言う「権力による報復的謀略」たるや、「JCIAの凶行」と"水本謀殺"問題以上に「権力」を肥大化して描いたかと思うとその舌の根もかわかないうちに「謀略を可能とする追認者=走狗集団の解体・一掃の闘いを断固としておしすすめ、もって謀略の息の根をとめる」と"追認者"の一掃が「謀略」の封殺になるという180度逆に「権力」の甘い評価になるというデタラメぶりである。まさにこれこそ、わが解放派の戦闘能力の飛躍的前進に対する革マルの完全敗北の自認であり、わが党―軍の圧倒的優勢を正面打開する力を失った革マルがコケオドシ的テロ襲撃で急場を乗り切ろうという最後のあがきである。
わが対革マル戦闘は確実に革マルをしめあげ、彼らの絶滅へ追いつめてきた。
革マル学生戦線は敗退に敗退を重ね、全国数少き"虚点"大学自治会支配の崩壊が続き、3月30〜31日に行なわれたエセ「全学連」中央委員会に全国から結集した学生革マルはなんと百名そこそこという凋落ぶりで、革マル反戦を叩き込んでようやくもたせるという破産を示したのであった。他方革マル労働戦線は動労・全逓の破産と崩壊が続き、この労学両戦線の破産は3・26総評青年協闘争を通して一挙に促進してしまった。わが解放派の部隊制圧によって革マルはもはや総評青年協に本隊登場すらできず、エセ「労学共闘」は完全破産し、青年労働者運動と全く無縁になり、権力による解放派排除を唯一の頼みに登場の機会をねらった。しかし動労革マルの総評民同に泣きすがっての権力導入は逆にわが解放派と青年労働者の怒りによって粉砕され、会場は革マル・民同・向坂・権力糾弾の爆発の場となってしまったのだ。その後の青年協幹事会での動労革マル大久保の惨めな大破産についてはさすがに消耗したらしく革マルは内外に口を閉ざし、今やデマゴギーとわが全逓、自治体の革命的労働者に対する名指しのテロ宣告で乗りきりと敗退のまきかえしを策している。6・27襲撃に続く新たな労働者襲撃をわれわれは絶対に許さないであろう。
革マルの戦略的路線的思想的破産はなだれをうって進行し、"ハンガリア革命20周年運動"なる原点再確認、反スタ主体性再確立運動がパンクし、そして今や、反スタのバネを「スターリニスト・ソ連による北方四島支配反対、公海の占有支配弾劾」にもとめるほどに破綻し(要するに「反スタ」なら内容ぬきになんでも飛びついていく)、又、朝鮮問題を"日韓疑獄弾劾闘争"にするというデタラメぶりなのだ。
反革命テロ部隊は河合・水本問題をめぐって大混乱し、更に脱落者、転向者・消耗者が続出している。謀略論のいきつく果ての"水本謀殺"で、乗り切りを策してみたが、うまくいかず、さりとて次に打つ手もないと無方針の中で、あの笑止千万な"道路遮断"の茶番劇が延々と4回も続いているのだ。
この出口なしの大破綻の革マルの頭上に、2・11復讐戦の猛然たる炸裂である4・15の超巨弾が深々と叩き込まれたのであった。革マルのドンヅマリの危機を直撃せよ!
わが解放派は確実に革マルをしめあげ追いつめてきた。革マルを解体し尽す闘いへ敢然と踏み込み血みどろの死闘を通して勝利を闘いとるであろう。プロレタリア解放、永続革命=世界革命、共産主義=革命的マルクス主義の名において勝ち抜くであろう。同志中原の生前の闘いと意志は我々の団結と死闘の中で生き続け発展するであろう。2・11復讐戦を更に徹底的に貫徹せよ!敗走する革マルにトドメの第2の4・15を!
黒田を頭目とする革マル指導部を一人残らず葬り去れ!
白色テロ部隊を総殲滅せよ!
全党―全軍―全勢力をあげ、革マル解体を闘いとれ!
4・15戦闘の大勝利万才!
(1977年5月)