戦争とファシズムに突き進む安倍連合政府を打倒しよう! 日帝国家権力解体!
三里塚・市東氏農地強奪阻止決戦へ!
右翼・ファシスト撃滅!反革命革マル・木元グループせん滅!
1871年3月、普仏戦争下のフランスにおいて、パリの武装した労働者大衆はブルジョアジー・王政派を粉砕し、パリ・コミューンを樹立しました。それは史上初めて誕生した労働者階級の権力であり、「生産者の自由で平等な連合」の萌芽でした。当時第1インターナショナルの指導的立場にあったマルクスは、著書「フランスの内乱」において、これを「労働者階級の経済的解放のための、ついに発見された政治形態」と評価しています。
フランスの支配階級はドイツ(当時のプロシア)と一体となり、労働者大衆を大量に虐殺してパリ・コミューンを血の海に沈めました。プロレタリア革命を前にしたとき、諸国の政府・支配階級は交戦相手とさえ連合を結び、労働者の闘いに襲いかかるという血文字で書かれた教訓と共に、パリ・コミューンは国際階級闘争の歴史に刻み込まれています。
ロシアにおいて1905年革命の中から生み出され、それが鎮圧されたのち、1917年革命の中で労農兵評議会としてよみがえったソビエトも、パリ・コミューンを引き継いだものとしてありました。革命後10年あまりにしてロシア共産党を制圧したスターリン主義は、ソビエトを否定・破壊―変質させ、社会革命への道を閉ざし、反労働者的な官僚支配をうち立てたあげく、1991年ソ連崩壊をもたらしました。この敗北を乗りこえて闘うことが、21世紀を生きるわれわれの課題です。
コミューンやソビエト、またドイツ語で「評議会」を意味するレーテは、階級闘争においてはすべてが同義です。コミューンとは労働者の武装―蜂起の機関であり、生産者自身による政治支配と生産管理の機関に他なりません。ブルジョア国家権力を打倒し、革命を実現していくテコとなる、過渡期の政治形態がコミューンです。社会革命はコミューンのもとで遂行され、共産主義社会を実現してゆく道はそこからのみ切り開かれます。全ての学生はパリ・コミューンの歴史に学び、武装して闘いぬこう。