全学連(伍代委員長)

戦争とファシズムに突き進む安倍連合政府を打倒しよう! 日帝国家権力解体!
三里塚・市東氏農地強奪阻止決戦へ!
右翼・ファシスト撃滅!反革命革マル・木元グループせん滅!

全日本学生自治会総連合(伍代委員長)

=資 料=反革命テロリスト集団のデマとペテン
北條 秀輝(獄中からの寄稿)

革命的労働者協会機関紙「解放」711号(2000年2月1日発行)より

 99年7・2長田同志、11・14安部同志虐殺の反革命をもって、解放派から脱落・逃亡した山田サークルは反革命テロリスト集団に純化した。虐殺のための虐殺を小ブル的生(延命)の再生産の必須条件とするに至った。

 権力、反革命革マル、ファシストに屈伏し、敗北主義的心情を蔓延させ、腐臭フンプンたるニヒリズムが気孔という気孔を塞ぎ、「見るな、聞くな、切れ」と情報統制し、デマ・ペテンでかろうじて組織を維持しえているにすぎない。しかしそれでも押しとどめようがない内部矛盾を拡大し、「姜=安企部のスパイ」を暴くこと自体が関東大震災の時「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」というデマ・差別煽動と同じだと言って、ファシスト、スパイの擁護に必死となっている。それが自らの存立の前提となっているのである。

 彼らは第二革マルの道へ足を踏み入れている。その反革命転落の末期症状を端的に示すものが、小ブルテロリスト集団機関紙『怪報』(再刊4号=12・15号)での僭称「太田黒」雑文である。

 「反革命」であり「権力への投降を示す」ものとの唯一の「内乱・コミューン論」へのケチ付けが『解放』704号一発で粉砕され、沈黙に入った。解放派軍事論をスターリニストの「党の軍」路線に変質させたのも粉砕され、首が回らなくなり解放派の継承性を装おうとしたものだ。それはまた、反革命テロが唯一の「確信」(蜘蛛の糸)となっているからこその「太田黒」同志の僭称なのである。

 以下の小論においては、彼らの延命のための全階級戦線のもぐり込みと、その撹乱、破壊、廃虚化策動を粉砕する闘いに、全ての闘う労働者人民が決起されんことを訴えるべく、彼らの数限り無いデマとペテンの一端を明らかにするものである。

全階級戦線の破壊・廃虚化策動

 ニセ「太田黒」雑文を書いた自称「指導的同志」某は、11月私に「どう喝」手紙を送りつけてきた。この中で「自己批判しなければテロの対象だ」と宣言している。なにが「北條秀輝の再決起を粘り強く追求」(1月号)すだ!この手紙の中でこの自称「指導的同志」は、「権力の面前での官許の襲撃」を宣言している。

 そしてこの通りに24時間張りつき警備体制下の公然事務所前で、11・14反革命(安部同志虐殺)を素面をさらして凶行した。権力と話はついているのだ。

 この虐殺は、路線転換の証として公然浮上(―非公然の解体)し「弾対部」としての活動を開始し、数回私に面会にきた小官僚某に対し、私が「君をオルグして君らのウラを解体する」と宣言したことに対し、山田、土肥らが恐怖して「殺し殺される関係」を絶対的に固定化し、解放派への自己批判―復帰の道を「完全」に断つためのものであった。まさしく虐殺のための虐殺であり、その実行を権力に哀願したものであった。

 この手紙ではいくつものデマ・ペテンが短い文章の中に散りばめられているが、三里塚反対同盟と戦闘的弁護士への画段階的な反革命テロ宣言は決して許しえない。

 彼らの「三里塚闘争破壊闘争」の「ゲリラ戦」も以上の意味で本質的に官許であり、三里塚闘争の破壊のためであり、反対同盟への段階を画した反革命テロのための段取りである。

 反対同盟はすでに小ブルテロリスト集団に対し「反対同盟は木元派を絶縁した」(12・20反弾圧集会、北原氏発言)と宣言し、彼らの11・13「闘争」、12・13「闘争」も「敵対・破壊」であると強く弾劾している。彼らの「ゲリラ戦」なるものは、三里塚闘争破壊―反対同盟各氏へのテロへ一挙に突っ走るための段取りに他ならない。

 同時に救援連絡センターの主翼を担ってきた戦闘的弁護士への更なる本格的反革命テロ衝動も画段に深めている。5・26被告団の戦闘的弁護士に対し「○○○私兵の急先鋒」であり「絶対に許さない」とテロ宣言を再々度行なっている。木元グループの被告Fに対し、O弁護士がFの弁護人を解任せよと迫ったとの全くのデマを『怪報』(再刊4号)に載せている。またFはO弁護士に「反撃した」と、F自身もこのデマに加担している。これに対し同弁護士は「抗議申入書」(12・20付)を発し、強く弾劾した。

 このように救援センターの30年に及ぶ地平を革マルになりかわって、センターの内外において、弁護士へのテロと共に謀略的手段をも駆使して破壊しようとしているのだ。

 僭称「太田黒」雑文は「任務」として、沖縄、革マル、三里塚、天皇訪韓(日朝)、ファシスト戦をあげている。これはこれらの戦線、運動の破壊にのりだすことを私兵集団として声明したということである。われわれはこれらの闘争破壊と、闘う労働者人民、諸人士への反革命テロを絶対に許しはしない。われわれが生みだしてしまった責任において、わが同志への反革命テロに対する数倍、数十倍の革命的テロルを炸裂させる。

解放派「分裂」・破壊の陰謀を自白

 山田は「処分されたときが分裂の引き金を引かれたとき」(『木元文書』)と、自分が組織破壊活動をやってきたことを公然と自認し、また4・27には革命党本部「占拠」と三里塚現闘小屋「占拠」を意志一致していたことも認めている。これだけでも木元グループいうところの「5・2―3非公然部門での破壊活動」以前にどちらが陰謀を企てていたか、また「5・2―3」もどちらの側が組織破壊に走ったかは、予め自己欺瞞しようとする意志がないものには一目瞭然である。

 山田は革命党本部「占拠」の途中で一旦革命党本部を抜け出して、韓国諜報機関のスパイ集団=ゴスペルに会い「本社占拠」の進行状況を報告したうえで、土肥と連絡をとり、「ウラでの事態」をそのとき知ったのであるから、ウラでのわが同志への襲撃と同時並行的に革命党本部「占拠」を進めていたということに他ならない。山田らの、ウラの事態を知って「本社占拠」に着手したなどデマである。

 そもそも、実際には処分も行われてもいないのに、5・4に「木元がきてから本社占拠を始める」との指示メモをその時党本部にいた学生に回し、実際に山田がきて革命党本部「占拠」に着手しているのだから、「処分」云々さえも後づけのデマである。

 山田よ、処分もされていない=「分裂の引き金が引かれ」てもいないのに、なぜその日にそのメモを回し、「本社に最低限の防衛措置をとった」=先手を打っていたのだ。全く辻褄が合わないではないか。

 土肥と4月27日前に革命党本部「占拠」と「非公然の分裂」を意思一致したこの自称「指導的同志」は、この意志一致に基づき組織的に確認されてきた正式の討論要請を拒否し、連絡切断=「非公然の分裂」・囲い込み(私兵化)に走った。この5月2日の時点で、木元グループの解放派の「分裂」・組織破壊の陰謀は明白なものとなった。このように解放派の「分裂」・組織破壊の首謀者は山田であり、土肥である。この両名は決して許さない。

「C同志=革マル、権力のスパイ」説のデマ

 最初の『木元文書』では「C=革マルのスパイ」とされていた。この断定の真の動機は、C同志に対し「まずい」「(ファシストに)情が移っちゃって」などと本音をポロポロ漏らし、批判されてもC同志が山田の指導下にあったがゆえに、勝手に自分についてくる私兵と思い込んでいた山田の逆恨みに端を発している。

 すなわち、C同志が五月四日の山田らのクーデター的革命党本部「占拠」に際し、余りもの腐敗に気づき決別し、山田の一連の発言を側近の面前で曝露・弾劾し、ファシストに屈伏した公判方針をも論破し、「占拠」粉砕の原動力となったからである。

 しかし、さすがに山田も「革マルのスパイ」規定は撤回せざるをえなくなり、ゴスペル被告には「革マルのスパイとは言っていないではないか。お前にはそれくらいの常識的読解力がないのか」と責任を転化し居直った。

 ところが自称「指導的同志」の「どう喝」手紙では、C同志は「権力のスパイ」とされている。

 「この権力のスパイ論」の根拠は、「姜=安企部のスパイ」をC同志がデッチあげたというものである。しかし、またもその証明は何もない。姜は、99年7月19日の公判で「私は、早稲田大学修了後、韓国安全企画部の指令を受けて、情報を収集し、生活ができるほどの金をもらっていた」と証言した。これは5・26被告団、傍聴していた解放派の同志、そして弁護団の全員が聞いた事実である(―木元グループは一人も傍聴していない)。証言したあと、姜はさすがに事の重要性に気づいたか、裁判長に「勘違いでした」と証言取り消しを哀願した。裁判長はすかさずこのスパイに助け舟を出し「勘違いなのですね。それではこれまでの証言を公判調書から削除します」と宣言し、該当個所の削除を速記官に命じた。

 国家権力が韓国諜報機関のスパイ・姜とその「お友達」=木元グループ救済のために強行した前代未聞のこの調書改ざんにホッと胸をなでおろし、ファシストから提供された裁判調書をもとに「調書を公開してみよ」と居直っているのが、木元(グループ)である。(しかし、5・26襲撃において韓国大使館に配属された「安企部の人」と連絡とりあい指令をうけて襲撃したという証言までは、さすがに削除=改ざんされてはいない)。

 実は山田は「C=革マルのスパイ」説を全く「根拠」なく展開していたわけではない。『木元文書』の通り、その最大の根拠としているものは千秀同志への「指示書」問題である。木元グループは1月号で「北條千秀同志を死に追いやった」としてC同志への虐殺を宣言している。山田のこんな責任逃れ―責任のなすりつけは許しがたい。山田から口述でくり返し指示された「指示書」の内容があまりに千秀同志に対し打撃的(―「仮病のきめつけ」)であったのにひるんで表現をやわらげたにすぎない。C同志の「指示書」が千秀同志を死に追いやったかの如く描きだし、その「指示書」の報告内容が趣旨としては同じものであるにもかかわらず、最初のものと後のものが異なっているから「改ざんだ」とケチつけし、だからC同志が「人格としてのスパイ」であり、「革マルのスパイ」だとして虐殺することで逆恨みを晴らそうとしたのである。

 山田はA同志に「俺は指示書のことは知らなかった」と言い逃れ―責任逃れをしようとした。しかし、雑文屋小官僚某は、山田のこの責任逃れの言辞を軽やかに一蹴して、「たとえきつそうに見えても…ハッキリ方針を示す同志木元」(無署名「○○○の私兵グループの『呼びかけ』『討議資料』批判」)と書いており、更にA同志への手紙でも〈そもそも「『発病』してでも闘え」という木元の指示が誤りだったとは思わない〉(6・19付手紙)と、C同志の主張を裏付けている。

 これは、木元グループの内部固めのためのデマが、わが同志たちを虐殺することでその正当性が証明されたとするものであり「バチがあたったから自分たちのデマは正しかった」とする黒田の「実践的直観」論(「政治判断と認識」)=革マル主義的認識論そのものである。

 以上述べてきたごとく、小ブルテロリスト集団が陰謀をもって路線転換し、権力・ファシスト・反革命革マルに助命嘆願し、脱落したことは、個々の事実に照らして明らかである。

 彼らの「軍事」などすべて本質的に官許である。全階級戦線の撹乱、破壊、廃虚化を目的としたものである。

 闘うすべての労働者人民は、この反革命テロリスト集団を労働者人民の敵として追放するだろう。われわれは7・2長田同志、11・14安部同志虐殺反革命に対し、革命的報復戦を貫徹し、総売りわたし集団と化したこの反革命集団を総せん滅し、解体、絶滅する。全ての闘う労働者人民、被差別大衆、諸人士の皆さんがこの闘いを共にされんことを熱烈に訴える。

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